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第3話 残響-3

last update publish date: 2026-11-03 07:14:34

「シェリア!」

焦ったような声が鼓膜を響かせる。気づいた時には、大きな腕が私の腰を支えていた。

「……陛下」

顔を上げると、赤い瞳がすぐ近くにあった。

「何をしている。顔色が悪い」

「……申し訳、ございません」

「どこか苦しいのか」

「胸が、少し……」

そう答えたところで、私は言葉を止めた。

……あれ?

苦しくない。

先ほどまで胸を締めつけていた痛みが、嘘のように和らいでいた。息が上手く吸える。

彼の腕に支えられたまま、私はゆっくりと深呼吸した。

「シェリア?」

「……治まりました」

ゼルハンは眉をひそめた。

「本当か」

「はい。もう、大丈夫です」

「無理をするな」

「いえ、本当に……」

自分の胸に手を当てた。まだ鼓動は少し速い。

けれど、あの嫌な息苦しさは消えていた。不思議だった。

朝からずっと身体のどこかが落ち着かなかったのに、今はひどく安心していた。

「……陛下」

「何だ」

ふと彼を見上げる。いつもの重厚な鎧とは違い、動きやすそうな黒い布の洋服を身につけている。額にはうっすらと汗が滲み、短い黒髪も少し乱れていた。

おそらく鍛錬の最中だったのだろう。

「お忙しいのではありませんか」

「それがどうした」

「私のために、お時間を取らせてしまって……」

「シェリア」

彼は私を見下ろした。

「お前の姿が見えたら、どうにも鍛錬どころではなくなってな」

「……え?」

あまりにも自然に告げられて、私は瞬きをした。

「俺がいるのは、不都合か」

「い、いいえ!そんなことは……」

慌てて首を振る。

彼はわずかに目を細めた。笑った、のだろうか。

「……あの」

「何だ」

「陛下は……どうして私にそんなに親切にしてくださるのですか」

ずっと、聞きたかったことだった。

私たちは昨日、初めて会ったばかりだ。

それなのに彼は私を守り、気遣い、こうしてそばにいてくれる。

「私は……陛下のお役に立てるような人間ではありません」

「誰がそんなことを言った」

声が低くなった。思わず肩を震わせ、反射的に質問に答えてしまう。

「父も、兄たちも。私は何の取り柄もない……」

そこまで言って、慌てて口を閉じた。

こんな話をしてはいけない。身内の言ったことを、他国の王に聞かせるなんて。

「……申し訳ございません。つまらないことを」

「つまらなくなどない」

彼の手が、私の肩にそっと触れた。

彼の眉が一瞬歪んだように見えたが、次の瞬間には戻っていた。

「シェリア。俺を見ろ」

恐る恐る顔を上げる。

「お前は、誰かの役に立つためにここへ来たのではない」

「……ですが」

「俺は、お前を望んだ」

その言葉に、息が止まった。

「……私を?」

「ああ」

赤い瞳が、まっすぐに私を見つめている。

「ほかの誰でもない。お前がよかった」

どうして。

どうして、この人はそんなことを言ってくれるのだろう。

声が震えた。

「本当に、私でよろしいのですか」

彼は少しも迷わなかった。

「お前でなければ、意味がない」

胸の奥が、じんわりと温かくなる。さっきまでの苦しい熱とは違う。

私は俯いた。

「……ありがとうございます」

ゼルハンは何も言わなかった。

ただ、私の顔をしばらく見つめると、不意に膝の裏へ腕を差し入れた。

「……きゃっ!」

身体がふわりと浮き上がる。

気づけば、私は彼の腕の中に抱き上げられていた。

「へ、陛下!自分で歩けます!」

「先ほど倒れかけたばかりだろう」

「ですが、もう大丈夫ですから……」

彼は私の言葉に耳を貸さず、リナに視線を向けた。

「シェリアの部屋に温かい飲み物を。それから、医師を呼んでおけ」

「かしこまりました」

「陛下、そこまでしていただかなくても……」

「お前の大丈夫は、どうにも信用できない」

呆れたような口調に私はそれ以上何も言えず、彼の胸元にそっと手を添えた。

結局初めての庭園の散歩は一瞬で終わり、再び彼の寝室へ連れ戻されることとなった。

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